同級生、月影菊菜(つきかげきくな)はこう言った。
「化け電車を、知っている??」
それを聞いて、僕はふと思い出したのだ。中学三年生のころに見た、とても不思議な電車の事を。
それは田舎にあるおばあちゃんの家に行った時のことだ。そのおばあちゃんが住む家の近くにある駅は田舎にしては割と本数が多い駅ではあるが、周辺は開発されていない。その時は母と一緒に行ったわけだが、帰りの電車を待っていると物凄い轟音が聞こえてきた。轟音と共に近づく明かり。数年がたった今でも思い出す、あのニスの香り…… 銀色の通勤電車ばかりが走る路線に、やたらとレトロな古い電車がやってきたのだった。電車の行き先は前面に掲示された板に、筆書きの字で「急行・津喜」と書かれていた。津喜方面に我が家があるから、僕はその電車に乗り込もうとした。でも、母は乗ろうとする僕を止めた。
「津喜行きですが、お客様お乗りになられないのですか??」
電車に乗っていた車掌が、窓を開けて話しかけてきた。母親はこう言い返した。
「乗りません。一本後の電車で帰りたいので」
この時、母がなぜこう言ったのか。その答えを私はいまだ知ることができていない。母に聞いてみても、「古い電車よりも新しい電車のほうが好きだから」というのだけれど、母は電車にこだわりがあるわけではない。父の実家に帰った時に乗った電車もかなりレトロな車両だったけれど、その時は「たまにはこういう電車もいいね」と楽しげな旅行気分でそう言った。そんな母がだ。「古い電車よりも新しい電車のほうが好きだから」という理由で電車を見送ると思えないのだ。しかも母はせっかち。なぜ「急行」だったあの電車を見送り、その次の各駅停車で帰ることに決めたのか。それはわが人生における七不思議に入れてもよいぐらいの出来事なのだ。その謎が、なんとなく解けたような気がした。そして月影の次の一言で、そのなんとなくは解消され、確信へと変わった。
「化け電車の話は、両得本線の西富街という駅の近くで語られているらしいのだけれど……」
西富街駅。その駅はまさしく、あの日あの電車を見た場所であった。
「どうした瑞樹君。考え事でもしているの?? ごめんね、急に変な話しちゃって」
「その話、続けてくれないかな」
「今から50年ほど前、ある高校生がその駅から学校に通っていたそうなの。その高校生はある日、学校に宿題をうっかり忘れてきてしまった。仕方がないから、学校に取りに行くことにしたのだけれど……」
「化け電車に乗ってしまった。という事か??」
「そう。彼は化け電車に乗ってしまった。彼が住んでいた西富街周辺には、昔から狸が化けた家という言い伝えがあってね。その話は、ある夜の事。とある泥棒が森の中にあった大きな家に入って盗みを働こうとしたのだけど、野良犬に吠えられて彼は逃げた。次の日、同じ場所に行くと家はきれいさっぱりなくなって、あたりは森だったという内容なの」
「その家、森の中にあったんだろ。本当に同じ場所だったのか?? 森の中なら、どこもかしこも木ばっかりで同じ場所ってわからないじゃ」
「それがね、家の隣に昔からある大木があったの。それで彼は場所を特定できた」
「似たような大木が違う場所にもあったかもしれないじゃないか」
「その大木は、村の中で一番大きな木だった。そして……」
「なんだ」
「木の下には、小さなお地蔵さんがあったんだ」
「お地蔵さんが下にある木は、その大木だけだったと」
「そういう事」
「で、なんで大きな家の正体は狸が化けた家だったってわかったんだ??」
「家があったはずの場所に、狸がいたから。それに、「化け狸」って話もあるしね。狐は人を誘惑するために化けるけど、狸は人を馬鹿にするために化ける。つまりは、盗みを働こうとした不届き者を狸は馬鹿にしたというわけ」
「へえ。で、つまり化け電車はその狸が化けた電車というわけか。でも、なんで家に化けていた狸が電車に化けたんだろうな」
「それは、化け家の話があまりにも有名になってしまっていたから。電車ならばれないだろうと、狸は動く電車になった」
「なんだか、徳島の傘差し狸っていう話に似ているな。その話では傘をさした人に化けていて、傘を持っていない人が入るととんでもないところに連れていかれるような話だった気がするが」
「瑞樹君は物知りだね。その話、知っているとは思わなかったよ」
「小さい頃化け狸の本を見た時に得た知識だ。たまたまその話だけ記憶に残っていたんだ」
「あ、化け電車の話は友達から聞いた都市伝説的な話だから、本当に存在するかはわからない。でも、調べてみたら「偽汽車」という話があってね。その話は永京の兎有(とあり)というところで起きた話なんだけど、汽車が夜遅く線路を走っていた。で、その汽車と同じ線路を向こう側から汽車が走ってきたから、機関士……汽車の運転士は慌ててブレーキをかけた。でも、急ブレーキをかけた瞬間その汽車は姿を消した。翌朝、その付近にむじなの死体が見つかったそうだ。それをみた人々が、「むじなが機関車に化けたのは線路が敷かれたせいで住処が失われたからだ」と噂して、供養するために近くの寺に塚を作った」
「でもその話だと、むじなが化けたという事になるじゃないか。化け電車の話とは確かに似ているけれど、化け電車は狸が化けたんだろ」
「そう。だけど50年ほど前、高校生が宿題を取りに電車に乗った駅は……」
「西富街」
「西富街の駅前に大木があることは知っているでしょ??」
「知っているよ。おばあちゃんの家が西富街にあるからな」
「え、おばあちゃんの家が西富街にあるの??」
「そうだよ。だから知っている。確か、下に小さなお地蔵さんがあったような…… あ、その木って、化け家の話の木なのかひょっとして」
「その通り。化け家があったところの近くには、西富街駅がある」
「じゃあ、俺があの日、西富街駅で見た古い電車はひょっとして」
彼女は僕の目を見つめ、静かなトーンでこう言った。
「それは、化け電車だね」
しばらく沈黙が続いた。
「そういえば、化け電車に乗った高校生のその後を聞いていないな。教えてくれ」
「そうね。その高校生の名は「椚龍(くぬぎりゅう)」という人で、今もご存命の方らしいのだけど」
「生きていたのか」
「その椚龍さんって人、3日ほど行方不明になっていたそうなの」
「3日か」
「友達の友達…… だったかな。その椚さんに直接話を聞いたらしいのだけれど、椚さんは化け電車に乗った後、津喜に着くまで電車に乗り続けた」
「それは普通の話だな」
「でも、そこからが普通じゃない。椚さんは津喜で降りて学校へ向かったのだけど、校舎がやたらときれいだった」
「校舎がきれいって、おかしいことなのか??」
「椚さんが通っていた高校の校舎はボロボロだった。夜になればお化けが出るって噂が真面目に信じられていたぐらいにね。で、隣にたまたま旧陸軍が使っていた空き地があったから、そこに新校舎を建設していた。でも、新校舎が建設されているはずの場所には、旧陸軍の施設があった」
「タイムスリップしたという事か??」
「そう。椚さんはタイムスリップした。そして、3日間元の世界に帰ってこられなかった。でも、タイムスリップした世界では10年ぐらい過ごしたそうだよ。殺されかけたこともあったらしい」
「怖いな。殺されかけるだなんて」
「椚さん曰く、向こうの世界では椚さんのように化け電車に乗ってタイムスリップした人に関わると不幸になるという話があるらしい。で、タイムスリップした人は箱の中に閉じ込めて神様に捧げる。すると世界が安定し平和になると信じられていた」
「でも、タイムスリップした人としていない人の区別はどうするんだよ。服装や髪型で区別するの??」
「感じることができる人が、いるらしいのよ」
「感じるって、こいつ、タイムスリップしたなって感じるという意味か??」
「そう。でも、そんなにいるわけじゃないらしいんだけどね」
「でも、感じることができる人に会ってしまい、殺されかけた」
「そういうこと。でも、近くの神社に逃げ込んで、そこの神主さんが助けてくれたおかげで帰ってこられたみたい」
「怖いな。でも、あの時化け電車に乗らなくてよかったよ。母が止めてくれたんだ」
「たぶん、瑞樹君のお母様はその話を知っていたんだね」
「そうだな」
月影とその話をしたのは、2016年12月28日の事だった。なぜ冬休み中であるこの日に月影と話をしていたのかというと、たまたま同じ電車に乗り合わせたのだ。それで、電車を降りて駅のホームで話していた。電車にまつわるすこし怖い話を、駅のホームでされることにより怖さが倍増していた。大都会の近代的な駅のホームに、今にもあの日見たレトロな電車がやってきそうな、気配がした。
その日は津喜で友達と遊ぶ約束をしていた。まず映画を見て、ゲームセンターに行って、百貨店に入ってウインドーショッピングして…… 気が付けば夜遅くなっていた。そして、月影と話をしたあの駅のホームへと向かった。なんだか、恐ろしかった。時が止まっているような気がした。電車の接近を知らせるチャイムが鳴る。日常の光景ではあるけれど、怖さで非日常的な光景なんじゃないかと感じた。そして、轟音と共に駅に滑り込んでくる電車。それはあの日に見た、あの茶色い電車だった……
「乗ってはいけない」という、心の声が聞こえる。周りの人はスマホの画面を眺めていて、目の前の電車に関心がなさそうだった。僕も無関心を貫き通すつもりだったけど、足が動いてしまう。「止まれ」と思っても、足が勝手に進む。そして車内に、足を踏み入れてしまった。
不覚だった。乗るつもりなど全くなかった。車内には運転士と車掌以外誰も乗っておらず、昼でもどこかしらの席が埋まっている津古線にしては珍しいと思った。でも、なぜだ。化け電車は西富街に現れるのではなかったのか。僕がこの電車に乗り込んだのは、津喜駅である。大木もお地蔵さんもない都会のターミナル駅に、なぜ化け電車は現れ、そして僕を乗せたのだろうか。意味が分からなかった。月影なら何か知っているだろうと思い、こんなメッセージを送った。
「化け電車は、人の意識を無意識に操作して電車に乗せるということあるのか。至急教えて」
三倉部に着いた頃、返信が来た。
「ああ、言い忘れちゃった。まさか、乗っているというわけ…… ないよね」
僕は、「勘が鋭いな」と返信した。そして、三倉部駅で電車から降りた。そこにはありえない光景が広がっていた。駅も線路もない。自分が乗っていたはずの電車が、どこにも見当たらない。
僕は泣き出しそうになった。近くの電柱には「三倉部」と書かれているのだけど、いつも見ている三倉部の景色と明らかに違うのだ。マンションや電車の線路はない。道路は舗装されていない。小学校の校舎が木造。明らかにおかしい。わかってはいたけれど、認めるのは嫌だった。嘘みたいだがこれが現実。つまり、今異世界にいるのだ。
自分の家があるであろう場所に向かってみたけれど、そこは森。どうすればいいのか。僕は見ず知らずのこの世界で死ななければならないのか。もう人生は終わったんだなと、今までの思い出を思い返していたその時だった。
「瑞樹君」
そこにいたのは、優しそうな女子高校生だった。
「君は誰??」
彼女に聞いてみると
「何言ってんの?? 私は君の同級生、月影菊菜18歳」
もう一度聞いてみたが、彼女は事を言った。どうやら、この世界でも僕は「瑞樹想」という名前らしい。しかも歳も同じ。なんだか、安心した。そして恥ずかしかったけれど、この世界での僕の家を案内してくれとお願いしたら快く彼女は承諾してくれた。どうやら彼女の家はこの世界における僕の家の隣にあるという。
「瑞樹君、こんな時間にどうしたのよ」
「津喜で友達と遊んでいたら、こんな時間になってしまった」
「ダメよこんな時間まで遊んでいたら」
「そういうお前こそ、なんで夜遅くに外に出ているんだ」
「学校に宿題を忘れてきてしまって」
「お前が宿題を忘れるだなんて変だな」
「そうね。学級委員長である私が、宿題を忘れるなんて変だね。私の名前を忘れた瑞樹君も変だけど」
「一つ聞きたいことがあるんだが」
「何??」
「お前は、「化け電車」に乗ったことがある??」
「化け電車ねえ…… あるよ。中学三年生の頃に。それがどうしたの??」
「その話、詳しく聞かせてくれない」
彼女は真面目なトーンで「わかった」と答えた。
「あれは、富街に住んでいるおじいちゃんの家に行った時の事。その時の帰りに遭遇したんだ。電車と言えば普通茶色でしょ」
「そうなのか」
「何言っているの?? 瑞樹君だって電車ぐらい知っているでしょ」
「そりゃ知っているけどさ」
「話を続けるね。私が遭遇した電車は銀色だった」
「電車って普通銀色なんじゃないのか」
「え?? まさか、君は化け電車で未来からやってきたという事??」
「なぜわかる。というか、そもそもこの世界が過去の世界なのかどうかまだ確信を持てていないのだけれど、西暦で言うと今年って何年なの??」
「1916年。12月28日」
「そうか。百年前にタイムスリップしたのか。君もタイムスリップしたことある??」
「タイムスリップ??」
「未来に行った事がある??」
「あるよ。未来に行ったのは、中学二年の時点、つまり1913年から百年後。2013年の事よ」
「その時、西富街という駅に止まらなかったか?? そこに、俺に似た姿の中学生が乗ろうとして、親らしき人に止められる光景を見なかったか??」
彼女はしばらく黙り込んだ。そしてこう言い放った……
「見たよ。あれは、やっぱり君だったんだね」
「そういえば、未来からこの世界に帰って来るまで、どのぐらいかかった??」
「あれは確か12月28日から翌年の9月27日までだったから、十カ月ぐらいだね」
「俺も十カ月たてば元の世界に戻れるのかな……」
「警告だけど、この世界では未来から来た人は忌み嫌われている。この世界には特殊能力をもう人がいるらしくて、未来から来た人を見つけたら箱の中に閉じ込めて神様に捧げるの。なぜなら、未来から来た人がいるとこの世界に不幸が訪れると信じられているから。でも、箱の中に閉じ込めて神様に捧げると不幸を回避することができる。あくまで物知りの友達から聞いた話だから、詳しくは知らないけどね」
「そういえば、どうやって君はこの世界に戻ってこられたの??」
「神社の神主さんに助けられた」
「どこの神社だ??三倉部神社か??」
「それが良く覚えていない。神社で気を失っていたところに神主さんが来て、神社の裏の洞窟に入れと言われて、その洞窟をひたすら進んだら元の世界に戻ったという感じ」
「少なくとも三倉部神社ではなさそうだな」
「そうね」
「どうしても聞きたいことがあるんだけど」
「なに??」
「未来に行った時に、最初に声をかけた人は誰??」
「そうね。未来の君だね。ひょっとして覚えている??」
「覚えていない。でも、そんな夢を見たような気がする。そういえば、こっちの世界にも瑞樹想という男がいるんだよな」
「いるね」
「もしこっちの世界の瑞樹想が僕と入れ替わりで未来へ行ったならば、そして、三日たてば戻ってくるのならば、この世界には瑞樹想という人間が二人存在してしまうことになるな」
「そうね。でも、未来に行った時未来にも私と同じ名前の女の子がいたらしいけど、その子は結局私の前に姿を現さなかった。その子は違う世界線の未来に行ったという事なのかな」
「頭の悪い俺にはよくわからないな」
「三日たてば、何かがわかるかもしれない」
「そうだな」
そんな会話をしていたら、いつの間にかこの世界の我が家にたどり着いていた。
「送ってくれてありがとう。月影さん」
「こちらこそ、夜道の頼れる話し相手になってくれてありがとう」
玄関を開けたら、家族が待っていた。そして夜遅くまで遊んでいたと話したら叱られた。私が未来から来たことを話そうと思ったけれど、信じてもらえなさそうなのと、月影の警告があったので話さないことにした。
翌朝。相変わらず西暦1916年の世界にいるようだ。父親が読む新聞の日付は、12月29日。本来であれば、2016年の世界にいるとしたならば、楽しみにしていた年末特番が放送される日なのだけれどこの家にあいにくテレビは無かった。というか、この時代ってそもそもテレビ放送自体行われていないのか?? そんなことに気が付いてはっとした。
暇なので、せっかくタイムスリップという経験をしてしまったのだから、思い出作りに津喜の街へと繰り出すことにした。親とはおやつの時間に帰ってくるという約束をして、三倉部駅へと向かうことにした。だが、ここであることに気が付いた。「三倉部駅」という駅の位置が違うことに。どうやら坂を下りたところに三倉部駅はあるらしい。自動券売機がないとか、改札口に駅員さんがいるとか、博物館でもなかなか体験できないリアルノスタルジーを感じながら電車を待つ。電車というよりかは、汽車と言った方が適切かもしれない。
やってきたマッチ箱のような車両に乗り込めば、車掌が「次は津喜」とアナウンスする。そして津喜に着いた。地図を見ると現在…… いや、未来の津喜駅と駅の位置が違うようだけれど、そんなことはどうでもよかった。津喜の街に来てまず訪れたのは図書館だった。
僕が図書館に来た理由。それは元いた世界、2016年に戻るための手がかり探しだった。まず調べたのは浦に洞窟がある神社について。月影が神社の裏の洞窟を抜けて戻ってこられたのだから、裏に洞窟がある神社へ迎えば、僕だって元の世界に戻れるのではないかと考えたのだ。しかし、手掛かりは見つからなかった。浦に洞窟があってもおかしくなさそうな神社を見つけることはできたけれど、あいにく津喜周辺にそのような神社は無かった。結局、この日は何の手がかりも得られずに帰ることになった。翌日も図書館に行ったけれど、相変わらず手掛かりは見つからなかった。
「諦めるしかない。僕はこの世界で、未来から来たことを隠して生きていくしかない」
悲しかった。未来にいる友達には会えないかもしれない。会えたとしても、僕はおじいちゃんで、相手は子供なわけだから、友達という関係になることはないかもしれない。そう思うと余計に悲しかった。
翌日、大晦日。テレビがない大晦日ほど悲しい日はない。楽しみにしていたテレビ番組があったのに見れないという悲しさ。でも、この日親戚が家にやってきた。未来にいた時も親戚はやってきたけれど、その親戚とは違う姿をしていた。服装や髪型が違うというわけではない。確かに違うのだけれど、顔が違うのだ。だが、優しそうな声で親戚らしき男の子が僕にこう話しかけてきた。
「久しぶり」
どうやら僕に面識があるらしい。というか、彼が「久しぶり」と言っている相手は、この世界、つまり1916年の世界に本来いるべきはずの「瑞樹想」なのだろう。でも、僕は姿も形も声も性格も、おそらくこの世界の瑞樹想と同じ。だから彼は僕が未来にいるはずの「瑞樹想」であることは、多分知らないのだ。
「かるたで遊ぼう」
そうか。この時代だから、夜子供がする遊びってかるたとかなのか。まあいいだろう。久しくかるたをやっていなかったから、たまにはかるたをするのもいいなと思い、快諾した。
かるた遊びが始まる。かるたをしながら、僕は親戚の男の子に「知っている不思議な話、全て聞かせて」と頼んだ。でも男の子は「不思議な話なんて、無いよ」と言った。無いならばいいのだ。だが、男の子は僕に他の美ことをしてきた。
「この家で無くしたものを探してほしいんだけど」
「何をなくしたんだ」
「本当は誰にも秘密にしておきたかったんだけど、仕方ないから言うね。この家で無くしたもの、それは「秘密基地の地図」だよ」
「そうか。そういえばお前、どこに住んでいたんだっけ??」
「え、知らないの?? 想君だって行ったことあるじゃん。西富街だよ」
「に、西富街!!」
「そんなに驚くこと??」
「いや、何でもない。で、秘密基地の地図を最後に見かけたのはどのあたりかわかるか??」
「想君の部屋。そのあたりで無くした気がするんだよ」
「分かった。とりあえず僕の部屋で徹底的に探せばいいんだな」
何気にこの世界で自分の部屋を物色することは初めてだった。この世界の俺はどんなことが好きで、どんなことが嫌いで、どんな…… 女性が好きなのかを今まで知らなかった。
「ねえ想君」
「何だ??」
「この本見せて」
「いいぞ。ここは男の世界だし、その本は18歳以下が読んでも害はない本だし、全然いいぞ」
恥ずかしかった。自分の裸を見ず知らずの人間に見られた時ぐらい恥ずかしかった。言っておくが、その本はエロ本ではない。この世界の俺が書いた、小説だった……
その大晦日の夜の夢を未だに覚えている。
一人の女性に恋を一目ぼれした。かわいい女性であった。その女性には何か不思議な雰囲気があって、何かを知っていそうで、この女性といれば何とかなりそうな感じがした。
その女性と過ごす日々。とても楽しい日々であった。恐ろしい日々でもあったが。
彼女と隣の席になる。
「これは、ずっと経験していたかった悪夢」という事になるね。
ある日殺されそうになる。見つかった。ついに彼女と過ごす日々が終わりをつげる。
僕は神社に逃げる。そこで待ち構えていたのは、月影だった。「この裏に逃げて」
「いたぞ!!」
その声を聴いて、僕は気絶した。
気が付けば、家の中だった。どうやら三日間ずっと寝ていたらしい。これ以上寝ていたら、病院に無理やり連れて行こうとするところだったらしい。
僕は三日間、長い夢を見ていたみたいだ。
「目が覚めたか」
その日は大晦日の夜。親戚のおじさんが来ていた。そのおじさんは面白い話をしてくれた。
「あのな、これは俺が体験した話ではないのだけれど、友人が体験した話した。椚龍って言う人が。」
「その人がこの世界に戻ってこられた理由、それは「これは夢に違いない」と思ったかららしい。そのおかげで、殺されかけるところで戻ってこられたという。」
「君がいた世界。つまり1916年の世界は空想だった。という事になるね。すべては君の夢だった。最初の月影さんの話も、あれは本当に月影さんと会話していたわけではない。夢だったという事だ。だから、君が西富街ではなく津喜で化け電車に遭遇したわけは、夢だったから。あれは本物の化け電車ではない。化け夢が作り出した、偽物の化け電車だったという事なんだよ。」
「化け夢って何ですか??」
「狸が君の夢の中に入りこんで偽物の世界を作り出した。でも、その夢は本物の夢なんだよ瑞樹君。偽物ではあるけれど、確かに君はその夢を見た。見たし体験したから、本物の夢というわけなんだ。ほら、夢で不思議な体験をすることはないか。」
「確かに夢は不思議ですよね。この前は後輩と駅まで走ったのですけど、後輩と出た学校は僕が通っていた近所の小学校で、駅に向かったところで家は駅とは反対方向にある。だから、引き返さないといけないという事に途中で気が付いた夢とか。あと高層マンションが途中でぐにゃっと曲がっている夢とか。」
「そうね。まともな夢もあるけれど、夢って不思議な物ばかりよね。夢ってのはさ瑞樹君。脳の中で実際に映像が流れているんだよ。脳がバーチャルリアリティーを作り出しているわけ。でも、そのバーチャルリアリティーは保存がきかないから、一度しか体験できない。」
「化け夢は、夢って気が付かなければ抜け出すことができない。君は本当にタイムスリップしてしまったと思い込んでしまって、なかなか夢から抜け出すことができなかった。」
狸は人を馬鹿にするために化ける。いつか別れると知っているのに、いつか失恋すると知っているのに、それでも人を愛することを馬鹿にした。
「それは馬鹿にされてはいけないだと思うのですが」
「そうだね~~ すべての恋はいつか終わりを告げる。終わる理由は違っても、必ず終わる。どんなに愛し合っていた二人がいたとしても、どっちがか死ぬことにより二人の日々は終焉を迎える」
「でも、どっちかが生きていれば、生き残った人が死んだ人、つまりパートナーを愛する気持ちが残るじゃないですか」
「でも、生き残った人も死んでしまえば」
「いや、天国で再開できるじゃないですか」
「俺はあいにく、天国というものを信じていないんだ。それと、仮に天国が本当に存在したとしても、いつまでも居続けられるものじゃないかもしれない」
「でも、二人と接していた家族とか友達とか、その人たちの心の中に二人が愛し合っていたという記憶が残るじゃないですか」
「でも、永遠に残るってものじゃないだろう?? 遺跡だってそうだ。あれは過去の人々が遺した記憶、過去の人々が生きていたという証。でも、爆破されて粉々になってしまえば、その時点で終わりなんだよ。写真だってそうだよ。SDカードとか、USBだって同じだ。燃えたり、読み取る機械がこの世から消滅したりしてしまえば終わり」
僕は反論ができなかった。黙り込む僕に対し、彼はこういった。
「今生きている世界だって、夢かもしれないんだよ瑞樹君。仮に夢じゃなかったとしても、終わってしまえば夢と変わらないんだ。せいぜいこの世界を「悪夢」として天国で振り返ることが無いようにするんだぞ。まあ俺は、しつこいようだけど天国というものを信じていないもんだから、振り返るとしても走馬灯を見た時ぐらいなんだろうな。はははっ」
彼は笑った。僕は「はい」とだけ言って、彼と別れた。