文学的沿線 仙豊県01

共通点

#結急弾来線 #万石駅 #2019年6月29日

 

 ホームの石畳の隙間から草が生えている。天気予報は午後に激しく雨が降ることを伝えている。丁寧に手入れされた線路沿いのあじさい、空を見上げると怪しげな雲が見える。風も強くなってきた。

 

 弾来線万石駅__

 

 この駅が開業したのは、1936年のこと。当時の弾来線は仙豊鉄道により運営されていたが、この仙豊鉄道が万石駅近くの住民及び夏期の海水浴客の便宜を図るために新しい駅を作った。駅舎はその開業時からずっと使われ続けているもので、興瀬市の文化財にも指定されている。近隣の駅が1990年代後半から2000年代にかけて近代化されたり建て替えられたりした一方で、この万石駅だけは後回しにされてしまい、2011年頃には建て替え・改修工事の予算が降りたそうだが諸般の事情で中心されてしまった。

 

 さて、万石駅の近くは住宅街と田んぼが混在しており、田舎といえば田舎だが田園地帯というわけでもない。電車は15分間隔でやってくるのでそれなりに便利だ。とはいえ、このあたりの人は車を使って移動することが多い。特に隣の武里市にあるリヒトモール武里は駅から離れており、買い物をすることを踏まえるとより車の方が便利だ。

 

 しかし高校生となると話が違う。車が運転できなくてかつ自力で移動するとなると、1時間ちょっとかけて自転車を漕ぎ続けるか5駅先の木楽駅まで電車に乗り、そこからバスで向かうかの二択となる。学力がなくても体力なら無限にある野郎軍団なら自転車を漕ぎ続けても平気だろうが、しかし激しい雨が降るとなると話は別で、かと言ってどうしても欲しいものがあるので行かないという選択肢はない。すなわち、電車とバスでリヒトモールへ向かう選択肢しかないわけだ。

 

 なけなしのバイト代が、交通費とアニメ「後藤さんの許嫁」の新グッズを買うことにより消えていく。財布には弾来八幡で買ったお守りを入れて、なんとなくお金持ちになりたいと願う。商売繁昌のご利益はあるようだが、それはともかく学業がかなり疎かな原田には、ぜひ学業を頑張ってほしいところだ。

 

 それはともかく、同じく後藤さんの許嫁が好きな田中と万石駅で待ちあわせである。しかし、田中はかなりの遅刻魔だ。待ちあわせの時間は10時30分。そこから電車とバスを乗り継ぐと、何だかんだで昼頃になるというわけだ。だが、時間になっても田中は姿を姿を現さなかった。しかし、これはごく日常的なことであり、原田は11時過ぎに合流して、着いたらすぐに後藤さんの許嫁のグッズを買い、昼のフードコートが空いてきたタイミングで昼飯を食おうとしていた。

 

 11時12分。原田は田中にメッセージを送った。普通の人間ならとっくに呆れているだろうが、原田は田中に何回も待たされている。40分というのは、まだ誤差みたいなもんだ。すぐに返信が帰ってきたが、どうも田中は今から家を出るらしい。田中の家から駅までは20分の道のり。つまり、11時30分くらいまでは確実に待たなければならない。

 

 さらに都合の悪いことに、雨が予報よりも早く降るらしい。13時ごろから降るとのことだったが、雨雲は確実に近付いていた。そして激しい雨が降り出したくらいに田中がようやく到着。待ちくたびれた原田は、ようやくホッとした表情で電車二乗ろうとするも、ちょうど改札を抜けたところで発車してしまった。

 

 次の電車は15分後。激しい雨では会話も満足に聴こえない。それでも原田と田中は、後藤さんの許嫁についてメッセージで熱く語り合った。

 

のびないうちに

#結急弾来線 #万石駅 #2015年9月27日

 

 隣のおじさんが帰宅ラッシュの電車の中で舌打ちしている。もう九月らしい。あまりそんな感じがしないのだけど、でも冷房を入れなくても過ごせる時間が増えてきた。それはともかく、今いつもは乗らない方向の電車に乗っている。というのは、友達にラーメン食べに行かないかと誘われて、そいつの地元に向かっているからである。

 しかし、電車も方向が違うとなかなか新鮮だ。始発駅から乗り続けていた洒落たお洋服の美人さんは途中で降りた。お上品だなぁとチラ見していたら、何度か目が会った。

 舌打ちしていたおじさんはその次の次あたりで降りた。ただ静かで走行音だけが聞こえる電車で、なぜいきなり舌打ちをしたのだろうか。隣に座る私、何が悪いことをしただろうか。正直、よくわからないまま心が少しモヤモヤした。

 もう何駅も乗っていると乗客が減ってくる。友達の地元までまだ何駅かある。今座っているボックスシートから眺める車窓は、少し離れたところに海辺の煙突が見える。このあたりは石油関連の工場が集中しているらしい。友達は「ここらへんの大体の人は車通勤ですね」なんて言っていたが、それなりに人口が密集しているので電車通勤の人も少なくないようだ。

 斜め向かいに座るおじさん。少しガラの悪そうな封域がある。貧乏ゆすりしたり足を少し広げたりして、ちょっと近付きにくい雰囲気がある。その人のスマホケースは人気アニメのデザインで、ほんの少し人となりを垣間見ることができる。だからといって得するわけでも損するわけでもないが。

 こうして電車でさり気なく人間観察をするようになったのは、私が元々人見知りだったことに由来する。話したことない人と会話することにとてつもない恐怖があり、それを克服するために人間観察を始めた。人間観察をすれば、ある程度はその人の性格や趣味を探ることができるのではないかと考えたのだ。当然予想が裏切られることも多いが、それでも何も予想せずにコミュニケーションを取るよりか恐怖心を減らせる。

 今はもう人見知りしなくなったけど、暇さえあれば人間観察をする癖は残っている。

 もうすぐ友達の地元の駅に到着する。車窓に広がる広い平原。見えるのは街灯と車と遠くの建物の灯り。静かな夜が僕らを包んでいる。もうすぐ大型の台風がやってくるらしい。ひょっとしたらこっちの方に突撃してくるかもしれないってテレビでやってた。怖いな。

 

 ドラックストアの隣の路地を少し進んだところにあるラーメン屋。時給は1000円。ラーメン屋で働こうとする人は素敵だな。取引先のお偉いさんはこのラーメン屋さんで働く人の尊さを知るよしもないんだろうな。だって、高級なレストランばかり言っているって話だし、どうも見下してくるような態度で……偉そうというか、実際偉い立場の人なんだけど、「偉い」って正義なのかな。偉くても人に好かれていなければ、それは人としての価値が……

 オブラートに包みきれないほどのどす黒い話は友達としか出来ない。これ以上はグレーゾーンすら突破してアンダーグラウンドへ……ってタイミングでラーメンがきた。麺とチャーシューをよく噛んで食べた。スープと共にどす黒いものを飲み込んだ。

 

 世界を救っているのは、名も知らないひとりひとりです。評判の悪い大物政治家が「支持率??世の中金があれば票は簡単に集められる」って言っていたという噂話があるらしいですが、そんな奴より時給1000円で働いている人が作ったラーメンが美味しくて、私には尊いです。

 

 今目の前に居るのは友達です。

 夜空を明るく照らしているのは街灯です。

 でもお偉いさん、あなたはいま、この世の尊さをお金以外で表せますか??札束って、今目の前に広がる光景よりも綺麗なんですか??

 

スカイブルーを見つめたい

#八田山線 #平山駅 #2022年10月16日

 

 私の地元。特に何かがあるわけではない。かといって何もないわけではない。どこに住んでいるのと県内の人に聞かれたら、とりあえず「見旗の近く」と答えている。でも、その見旗まではええっと……10駅くらいある。見旗とは反対方向に向かえば、春望というこれまた大きな都市があるのだが、そちらは見旗よりももっと遠い。

 

 そんなことはともかく、久々に友人とカラオケをする約束をしている。待ち合わせは改札の前のベンチ。高校時代に仲の良い友人を見送りによく来たもんだ。最近は近所のスーパーで働いているから、電車なんか全然乗らないのだけれど。

 

 その友人とは好きなアイドルが同じということで、よくそのアイドルの話をする。新しいアイドルもいいのだけれど、やっぱり小学生の頃からずっと好きなアイドルの曲は歌っていても気持ちが良い。しかし、そのアイドルもまもなく活動休止してしまうようで、寂しさと時の流れを感じる。

 

 そういえば、友人には最近彼氏が出来て、とても気が利くみたいで結婚したいと言っている。隣の芝が青いだけかもしれないけど、その友人の方がプライベートも仕事も思いっきりエンジョイしているような気がするんだよな。別に比べることじゃないけど、でも私だって!!って言いたいけれど……

 

 そういや、アイドル以外の趣味ってあったんだっけな。好きなアイドルのメンバーが出ているドラマを見るのは好きだけど、アイドル全く関係のない趣味……ないかも。

 

 あと数年すればアラサーになる。魅力的な人というのは仕事も趣味もエンジョイして、そして趣味もアイドルだけでなくて幅広い趣味を持っているようなイメージがあって、とにかく趣味を増やしたい。

 

 帰り、改札前でドライブに行く約束をした。青いスポーツカーで海の方の走っていて気持ちのよい道を通って、海鮮丼を食べに行く。青く透き通って遠くの方まで見える天気になることを願った。

 

見て欲しいの

#NR春望線 #大宮駅 #2018年6月17日

 

 仙豊県内において「春望市」というのは3番目ぐらいに人口の多い市で、知名度もある。地元のテレビでは時折、春望から電車で北に進んだ所にある見旗市とのライバル対決がネタとして取り上げられるが、それはともかく私は春望に住んでいる。

 

 でも、春望市というのは本春望駅前みたいに百貨店とかビルが建ち並ぶ大都会な場所だけでなくて、山奥の方にも市域が広がっている。面積の広い市なので、市民でも滅多に行かないどころか知らない人すらいる地域もまあまあある。

 

 私の家の最寄り駅は、NR春望線の大宮駅(おおみやえき)だ。2面2線の相対式ホーム。駅舎はまあまあ古くさいけどごく普通。駅前からは大宮自然公園や楠木駅(結急楠木線)へ向かう路線バスが出ているけれど、本数は少ない。タクシーの運ちゃんも暇そうにしている。

 

 駅前の光景も、実家周辺の光景も決して「都会」とはいえない。むしろはっきりと「田舎」って言えるような、田畑の広がる光景がそこにある。県内で一番の大都会、八田山の大学に通っていて、いつも大宮駅から春望駅まで出て、そこから乗り換えて通学している。

 

 大学ってとにかくいろいろな人がいて、中には個性的な人もいるわけだけど、私はごく普通の人間を演じたい。友達に「どこに住んでいるの??」と聞かれたら、「春望に住んでいる」と答えている。嘘ではない。でも、友達が想像する春望と、私が住んでいる春望には間違いなく大きなギャップがある。

 

 「結構都会だよね。大きな百貨店もあるしモノレールも走っているし。結構住みやすそう」

 

 いや、確かに春望って便利っちゃ便利なんだけど、でも私がその中心部から電車で10分以上移動しないと行けない田舎に住んでいるなんて、正直に白状できないのよ。最近気になる雄太君にこのことがバレたらどうしよう……はずかしいな。

 

 そんな私ももう大人だし、そろそろ一人暮らしをしようかと考えている。かなりの面倒くさがりだし、親も一人暮らししろなんて言わないし、甘えていたのだけど……

 

 色々調べていたら、同じく春望市内の釜戸駅(かまどえき)という駅の近くに新しいアパートが出来たらしい。家賃安めで交番の隣にあるので、セキュリティーはかなり安心できる。釜戸駅からは八田山まで乗り換えなしで行けるので、かなり便利だ。駅から徒歩10分。

 

 それを親に話した。「いいんじゃない」とごく普通の反応だった。しかし、春とか区切りのいい季節じゃなくて、8月に引っ越すのはずいぶん中途半端だよなぁと我ながら思っている。

 

 同じ春望市内だけど、八田山に行く線路沿いかそうでないかではだいぶ違う。八田山に行かない春望線は今日もいつも通りだし、実家の近くの田畑もいつもと何も変わらない。悪い場所じゃないんだけど気になる人に紹介するにはちょっと恥ずかしくなる地元。 

 

 また来ればいいんだけど、ずっと住んでいたからちょっと、感傷的になってしまうな……

 いつか、雄太君にこっちの春望も紹介したいな。

 

結急捧詩線豊主駅

#結急捧詩線 #豊主駅 #2018年7月25日

 

 夏の10時前の豊主駅前にたむろしている学生。これから見旗の方に行って遊ぶんだろうか。あの頃と変わっていない学生の空気感。バンドマン目指してバイトで食いつないでいる俺は、いい年になってもメジャーデビューできずにいて、あと数年が一番の勝負時って感じだろうか。用もなく電車に乗ってどこかに遊びに行く余裕なんてないのだ。

 

 「最近の若者は夢がないらしい」って誰かが言っていた。現代のこの国で夢を持てるのは、「夢を持つ才能のある」ごく限られた人だけで、そして「夢を持ち続けられる人」なんてもっと少なくて、だから夢を持つことすらできない人はただ、無気力になることしかできない。

 

 若者も政治家もみんな知らない人に操られている。社会に操られる若者にもほんの一握りの自我があって、その自我が怪しい団体や人間に操られるお飾り政治家に「おかしい」と叫ぼうとしている。でも、選挙に行ったって「おかしい」の叫びを反映するのは、本当に至難の業だ。若者よりも人数の多いご老人もまた操られ、そして若者のように声を上げる気力なんてのはなくて、ただ平和をのぞむだけだ。

 

 俺には夢がある。自分たちのバンドで全国ツアーをやったり、ゆくゆくは海外にも進出したい。でもこんなことばかりいっていたら、「操られている連中」に思いっきり馬鹿にされるだけで、その馬鹿にされた時の悔しさを音楽をやり続けるエネルギーに変換している。

 

 夢のない大金持ちと、夢のある貧乏。はたしてどっちが愚かなのだろうか。

 

 「そんなことどうでもいいからさ、音楽作ろうよ」

 

 心の天使がそう叫ぶ。早速スマホにメモした歌詞を読み返して、それを推敲してよりポップな雰囲気に直した。小さいころから難しく考えすぎる俺が書く歌詞は、あまりにも難解なものになってしまうので、ポップな雰囲気に直す時間の方がかかるのだ。

 

 『僕らは人形じゃない』ってタイトルにした。駅前の学生は、いつも間にか電車に乗ったのかいなくなっていた。そんな日々を支えてるのは、人形のように操られるだけの人々で、「俺もそういう人間になれたら人生楽なんだけどな」って思いながら音楽のことしか考えていない。

 

 操られるのって、不幸なことだけど操られる側からしたらなにも考えなくていいからすごい楽で幸せなんだろうな。学校にも社会にもなじめなかった俺には関係のない話だけど。

 

 ちょうど駅に到着した電車から降りる人々。俺と違ってみんな操られている。俺と違ってみんな誰かを操っている。そんなことを考えていたら、大好きな音楽を使ってですら大して人を操れていない俺自身がずいぶんみじめに感じた。

 

結急入方線将軍野駅

#八田山市 #結急入方線 #2022年5月13日

 

 田中の住んでいるアパートは駅から割と近い。将軍野駅は八田山の都心から電車で15分くらいの所で、しかも八田山へ向かう入方線に加えて近郊の住宅地を結ぶ轟線という路線も合流してくるので、交通の便は良い。「将軍野」という地名と、乗り入れる路線の一つが「轟線」といういかにも強そうな名前であることが度々ネタにされるとか

 

 いやそんなことどうでもよくて、今田中のアパートにいる。「久々にゲーム一緒にやらない」と誘われてやってきた。あらかじめ缶チューハイとつまみを調達してある。

 

 「お前相変わらずゲーム上手だよな」

 「褒めてもおだてても何もないからな」

 

 田中は芸人をやっている。ただ全く売れていなくて、その収入のほとんどは近くにあるドラックストアでのバイト収入だ。収入に関しては正直、貧乏と言わざるを得ない状態であるが、本人はそれを全く気にしていない。

 

 「お金だけが人生じゃないし、そもそも俺そのうち売れるから」

 楽観的すぎると思いつつも、でもここまで楽観的だったら人生楽しいんだろうなと思って羨ましくなる自分もいる。

 

 「ゲームばっかじゃなくてたまには芸人らしくネタ作ったらどうなんだ??」

 「ネタは釣りみたいに待たないとやってこないんだよ。獲物だから」

 「そんなんだから全然売れていないんだろうが」

 「いいんだよ。欲張ったって疲れるだけなんだから」

 

 呆れてしまうこともある。でも、俺と全く逆の考え方をするものだから、聞いていてすがすがしい。田中が反論することで、心が救われる感じがすることもある。

 

 「そろそろ飲まねえか」

 テレビを付けてちびちびとチューハイを飲む。

 「世界って中々変わらないものだな」

 「いや、田中が世間に対して鈍感なだけだよ」

 「そうかな」

 

 テレビに流れる大事件のニュース。芸人に子どもが出来たニュース。有名な人がまた亡くなったというニュース。その一切合切直接俺らに関係あることじゃないけど。

 

 「俺芸人向いていないのかな……」

 不意に呟く田中。

 

 「その前にネタ作れ」

 すぐ言い返した俺。

 

 「芸人やるより、サブスクで音楽聴く方が楽しいんだよね」

 「そうか。じゃあなんで芸人やってるんだ??」

 「何となくかな」

 「何となく生きる人生ほどもったいないものはないぞ」

 「いや何となく楽しいから。お前は何事にも本気になりすぎなんだよ。だから昔から喧嘩っ早くて、でもそのくせうまくいかなかったらすぐ

落ち込んでしまう」

 「いやそうだけど……」

 「なあ??」

 「なに??」

 「お前、そういえば高校の頃文芸部に入っていたよな」

 「そうだけど何」

 「ネタ作ってくれねえ??」

 「なんで芸人にネタ作るのを頼まれなきゃいけないんだ」

 

 でも悪くないって思った。この世界は、これからも現状維持が永遠と続いていくような気がするし、それも悪くないって思っているけれど、何だかんだ刺激を求めている俺がいる。

 

 久々にメモしたアイデア。なんだか文芸部を思い出して懐かしくなる。いっそ創作に人生を捧げてしまうのも悪くないかもな。

 

 楽しさに壁や困難なんて一切ないのだから。

 


※当ページの内容はフィクションです※

当ページ最終更新日 2023年10月16日

当ページ公開開始日 2023年10月16日