文学的沿線 津喜県01

さらば熱帯夜

#津喜県 #津喜市 #結急津古線 #椿森駅

 

 「自分はどこだ」って鏡に映る自分に言った。本当の自分なんてわからないから。流され怒られ見下されてばかりの日々で、本当の自分探す余裕なんてないや。SNSで嫌いな芸能人叩いて、自分より格下と思うやつ見下して。見下されたら見下した奴を叩いて、喧嘩になったら徹底的に論破して。ガリガリのか弱い腕で自尊心を守ってる。

 テレビで胡散臭いコメンテーターが「幸せとは、権力やお金よりただ隣に大切な人が居てくれるだけで掴める」って言ってたけど、そもそも最低限のお金がなければそんな幸せなんて掴めやしないでしょ、コメンテーターは現実を見てなさすぎと思わず苦情でも入れたくなった。でも、苦情をわざわざ入れてあげれるほどの時間的余裕はないし、私そこまで優しくないから。

 SNSには時折変なメッセージが届くことがある。またエロ垢からメッセージが来た。「こんどおしゃべりしませんか??」残念。こんなのに引っかかるほど僕は馬鹿じゃないから。こういうのって、出会い系ならまだマシなんだけど、出会い系を装った変なのだったら最悪だしな。まあそんなことはどうでもいいんだけど、その後写真が送られて、同級生にそっくりだった。覚えているよ。テニス部の咲希ちゃんのこと。あまり喋ったことはなかったけど、まあまあ可愛い。だからと言って世の中には似ている人が沢山いるだろうし、この怪しいアカウントの主が咲希ちゃんだとは限らないのだけどな。

 でも、もしかして咲希ちゃんかもしれないって思ったら、なんだか急に興味を持ち始めてしまって。俺って愚かだな。単純に孤独を満たしてくれる相手が欲しいだけなんだけど。それが胡散臭い得体の知れない奴じゃなくて、あの咲希ちゃんかもしれないって思ったら、いやまて、咲希ちゃんが胡散臭いやつかもしれない可能性はあるけど、そんなことどうでもよくなってさ。

 

 いっそ咲希ちゃんじゃなくてもいいから逃避行してしまいたいな。

 

 久々にドキドキしてしまった俺は、丑三つ時の誰も歩いていない住宅街の中を歩きながら、とにかく頭を冷やすことにした。静まりかっている街並みで唯一聞こえるのは、俺の足跡。コントロールできなくなりそうなほど、ドバドバしているドーパミン。

 俺の辞書から、「不安」って言葉が消えてしまいそうだよ。もうロマンスしか想像できなくなってしまった俺は、咲希ちゃんじゃなくてもとにかく誰かとダンスをしたいんだ。一緒に無心になって体を動かしたいだけなんだって。

 

 9月の深夜から早朝に切り替わる頃、 僕は返信を……

 

うみねこ

 

 県立福増高校の軽音学部が大会で優勝した。キーボードの田中春菜のの両親が、「うみねこ」というカフェを蔵波台で営んでいる。周辺で一番お洒落な場所と言われるうみねこが閉店したあと、店内でノートパソコンなどをしてDTMに熱中している少女。時折サイダーを飲みながら、ある程度出来上がったら少し歌っている。

 母親が「そろそろ勉強しなさいよ~~」って言いながらメッセージアプリの使い方を彼女に聞いていた。「ママこそこれぐらい覚えてよ~~」って言い返していた。写真を送りたいんだけど、どうやって写真を送ればいいかわからないんだってさ。

 彼女は、小さい頃から音楽一筋の人間だ。幼少期は姉の影響で人気アイドルの曲を聴き、両親の影響でレコードにも増えた。70年代以降の邦楽とフュージョンとテクノは一通り頭に入っている。最近は学校の先輩が教えてくれたレコード屋に足を運んでおり、ニュー・ウェイヴやUKパンクにも興味を持ち始めている。

 バンドを組んでメジャーデビューするというのが夢だ。本当は芸術大学に通いたいんだけど学費が足りない。だから大学に入学するのは諦めて、高校卒業後は4年間カフェでバイトしながら作曲をしていくと決めている。「私にはアーティストとして生きていく道しかない」ってまだ高校生なのに決めてる。ちょっと痛々しいけど、流行りの音楽を一通りチェックしたり、作詞の参考にするために小説や詩集を読みあさったりしている。バイト代のすべてはサブスクや音源、本などの購入に費やされている。

 「微熱が出ても泳いでやるよ」

 今作っている曲のワンフレーズ、サビの決め台詞だけど何か気に入らないらしくて、そこのメロディーをひたすら修正している。サイダーはもう飲み干されていて、もういい時間になって彼女は風呂に入った。

 「今週中に完成させる」と書かれたメモ用紙。一通り曲は完成しているが、歌詞が気に入らなくて少し修正している。明日も曲を作りたいところだけど、最近気になっている同級生の近藤君をカフェ兼作曲スペースに招待するからお休みにしよう。

 一通り完成した音源。青春が終わらないでほしいという思いを、少し文学的な表現にして歌詞にした。メロディーは今時っぽさを追求しつつ、爽やかな雰囲気になるようにした。

 さて、明日この音源を家族以外で初めて聴く近藤は、明日の夕方にどんな感情を抱くのだろうか。

 明日も晴れるらしい。

 

きよみちゃん

 

 私、清見台の清見ちゃん。ハッピーエンドもバッドエンドもなくて、ただ出会いがないってことを嘆き続けている。10月14日で30歳。アラサーなのはともかく、もう20代ですらなくなってしまう。周りの友達がどんどん結婚していくなか、「焦燥感」という感覚をとても強く感じている。

 溶けてしまいそうそうな暑さの中、いっそもう溶けてしまいたい。クーラーを消したら溶けられるかな。そう思ってクーラーを消しても、暑いのに耐えられなくてすぐクーラーを入れる。

 「ちきしょー」って言ってドラッグストアで買った缶チューハイ。いつも飲んでいるやつより度数が高いのを買ってみた。古い団地の1階に今日も現れる黒い虫。すかさず殺虫剤で退治しておしまい。一人暮らし歴8年でこの動作にもずいぶんとなれたものだ。家事は苦手だけど。

 恋愛ドラマは前からずっと好きな俳優さんが出ている。すごいキュンキュンする。でもドラマが終わるとすごく寂しくなる。画面越しの恋愛じゃないくて本当の恋愛がしたい。恋愛までテレワークじゃなくていいのに。

 同僚はみんな殺伐としていて話しかけにくい。職場の雰囲気は限りなく悪い。そんな中で気になる人はいるのだけれど、声をかける勇気というか余裕なんてものは、これっぽっちもないわ。

 真夏。繰り返される日常。昔友人が見ていたアニメの中で、8月の同じ時期を数話にわたって延々と繰り返すという内容があって、それを一緒に見たことがある。私が過ごしている8月ってまさにそれかな??夏休みっぽいことの何一つしていないけど。

 朝の清見台駅。今日も同じ時間にやってくる各駅停車津喜行きはまあまあ混雑していて、この電車で通勤して帰りはドラッグストアで買い物をして、いつも飲んでいる缶チューハイを買ったり化粧水買ったりして。家に帰れば恋愛ドラマとか友達から勧められたドラマやらアニメを見たりして一日がタイムオーバー。憂鬱になるよ、エンドレスオーガスト。

 でもあれ??8月じゃなくてもこんな日々が続いているよな。おかしいな。昔見たアニメもせいぜい8話くらいで次の話に進んでいたけれど、私の同じような日々って一体何日続いているんだろう??

 

 考えたくないや。

 

 久々の休日は、地元で有名な八幡様にお参りして、恋愛のお願い事をしてみた。なんだか良い風がふいた。

 行きは歩いてみたけれど、帰りはさすがに暑くてたった一駅を電車で帰ることにした。清見台駅についたとき、何かロマンスが起きることを期待したけど、特別何もなかった。

 翌朝、今日も朝の清見台駅にいつもの時間にいる。また同じ電車がやってきて、同じ8月が続いていく。でも私は、八幡様にお参りしたからそれで気が済んだ。いつもよりポジティブな感じがする。神様ありがとう。今日もエンドレスオーガストの中で、社会の荒波にもまれながら頑張れそうです。

 

津喜臨海鉄道袖ヶ浜海浜公園駅

#津喜県 #津喜臨海鉄道 #2022年7月24日

 

 この駅が人でいっぱいになることなんてほとんど無い。ただ、この駅に隣接している公園で音楽イベントとかがあるときだけは、とてつもない人で賑わうらしいんだけど。でもまあ、今は閑散としている。

 この駅の周辺には、駅名にもなっている公園だけでなく、いくつかの工場がある。ただ、電車で通勤する人なんて皆無らしく、時折この駅から隣の奈良輪駅までの間が廃止されるという噂話が流れる。

 それはともかく、この駅の隣の通りにはヤシの木が植えてあって、海と海上道路・鉄道が遠くに見えるのでフォトスポットとして人気がある。今日はスーパーカーが何台か止っていて、愛車と海を一緒に撮ろうとする人で賑わっている。

 一方電車の方は、ホームに俺以外の人間がいない。駅員はおらず、電車はまだ来ていない。電車が来るときの放送は「電車が参ります」と2回音声が流れるだけで、味気ない。

 やってきた2両編成の電車。30分に1本運行されているようだが、この区間を乗った人のブログやSNSを見ていると、人が乗っている方が珍しいらしく「空気輸送鉄道」などと書き込まれていることがよくある。

 車掌は乗っていないらしい。運転手が車掌の代わりにドアを開け、そのまま反対側へと移動して引き続き運転するようだ。

 「奈良輪行き発車します」

 ホームは6両編成まで止まれるらしい。1番線と2番線があるが、今は1番線のそれも改札に近い部分にしか電車が止らない。普段電車が止らない部分はホームの継ぎ目から草が生えていて、いかにこの駅が閑散としているかを語りかけてくる。

 

 2019年秋。1年に2日だけこの駅が賑わう日がやってきた。公園で行われる音楽イベントのために、多くの人が電車に乗ってやってきた。また、臨時電車も運行され、津喜方のターミナルである鹿居駅や、旗野鉄道の千代田駅からはるばるやってきた6両編成の臨時電車まで走っていた。

 「混雑しており恐れ入ります。お忘れ物がないようにご注意ください。それでは行ってらっしゃいませ」

 私もその日電車でここに来た。本当に最高の日だった。今はただ閑散としているこの駅と公園が、熱気と愛で溢れた。それこそがこの「空気輸送鉄道」が唯一輝く瞬間であり、そして廃線にならない理由でもある。その1日だけでその日以外の1年分以上の乗客が乗るようだ。

 先が見えない世の中。今年は津喜臨海鉄道が結急電鉄線と繋がったので、結急からの臨時電車も運行されるかもしれない。イベントも楽しみであるが、鉄道好きとしては2日のためだけに運行される臨時電車も楽しみで、考えるだけでウキウキする。

 

 そういえば、今度結急電鉄の豪華周遊列車がこの駅にやってくるらしい。その時のこの駅は、どんな光景になるのだろうか。ちょっと様子を見に行くつもりである。

 

南郷得電鉄白浜駅

 

 昼間の白浜駅前は、すっかり人気がありません。白浜駅そのものは2面3線で20m車10両まで対応している大きな駅なのですが、やってくる電車の大半は2両編成。長くても4両編成で、ホームの半分以上は閉鎖されて草が生えています。

 少し前までは、ここから館山駅や津喜の方に行くには南郷得電車で塔倉駅まで行って、そこから内郷線に乗り換えて行くのが定番のルートだったのですが、最近は様子が変わりました。

 というのは、内郷自動車道(高速道路)が館山ICから津喜白浜ICと海底トンネルを経由して、仙豊県の見旗まで繋がったからです。これに伴い永京や津喜から館山を経由し、見旗までを結ぶ高速バスの運行が開始されました。いくつかの路線が運行されており、そちらの方が便利なので電車の利用客数が減っているというのです。

 高速バスは南郷得電鉄の自動車部門も運行していますが、自動車部門が運行する高速バスのせいで、鉄道部門の利用客が減っているのは「なんだかなあ」となります。

 さて、今でこそこんなありさまなのですが、かつては大いに賑わったこともありました。その昔、まだ自家用車が今ほど普及していない頃です。当時は遠出するなら列車で、多くの臨時列車が運行されていました。

 南郷得電鉄沿線には多くの海水浴場があることから、永京方面からやってきた国鉄の臨時列車が館山や塔倉駅を経由して乗り入れてきていたのです。ホームが未だに10両分あるのは、この頃の名残です。

 駅の休憩室にはかつての写真が飾られています。長い臨時列車が並んでいたり、満員の乗客を乗せた電車が発車していったりする様子が写真に収められています。

 ちょうど駅にやってきた2両の電車。数年前、昔ながらのレトロな電車がステンレス車両に置き換えられて、正直風情がなくなった感じがします。それは好みだからともかく、乗ってみると車内はガラガラ。運行本数は30分間隔で、都会の人間には少なく感じますが、田舎の路線としては頑張っている方です。

 電車が走り去る姿を撮る人がいました。南郷得市在住の高橋隆一さんです。元々鉄道写真を撮るのが好きだった高橋さんは、定年してから余暇活動として南郷得電鉄の写真を撮り続けています。10年間で数え切れないほどの写真を撮ったという高橋さんの作品は、南郷徳電鉄公式のカレンダーにも使われる腕前です。

 「昔は夏になれば臨時列車が走って、地元の電車も種類が多くて撮っていてとても楽しかったですよ。今は列車の本数や種類は減ってしまったけれど、線路沿いの美しい景色はそのままで、人々の暮らしが鉄路の上にあり続けているわけです。その様子を生きている限りは撮り続けたいんです」

 

 

 夕方。内郷線からやってきたN1330系4連の館山行きがホームにやってきました。程なくして、反対側から塔倉行きの電車も到着。老紳士は若者のような熱意で今日も写真を撮っています。

 


※当ページの内容はフィクションです※

当ページ最終更新日 2023年10月07日

当ページ公開開始日 2023年10月07日