「なんで空港に向かっているんですか」
津喜テレビで事務の仕事をしている笹川みなみ(ささがわみなみ)20歳。2024年5月1日に誕生日を迎えて、めでたくお酒が飲めるようになった。記念に上司である安積永盛(あさかながもり)プロデューサーからプレゼントが贈られることになった。でも、そのプレゼントが一体何なのか知らされることなく、5月14日(火)の朝、津喜駅から永京空港へ向かう電車に乗せられた。最初は永京都心へ向かうのかと思っていた笹川であるが、途中の高品駅に着いたとき、向かっている先が永京空港であることを告げられる。なぜわざわざ空港に向かっているのか。笹川の脳裏には、嫌な予感が浮かんでいた。飛行機に乗せられるのではないかと。そしてそれは現実になった。
12時ちょうど、富原地方は塩見空港へ向かう飛行機に乗せられた。塩見空港までは2時間ほどのフライト。遠くに行くことは理解したようだが、しかしプレゼントとは一体何なのか。そして、津喜テレビを出た時からなぜかカメラが回っている。ひょっとしなくても、これは何かのドッキリ何じゃね。でもそんなことはだんだんどうでも良くなってきた。この飛行機の普通席では機内食の提供がない。だからだんだんお腹が空いてきた。あとイライラしてきた。でも、そんなことを会社の先輩である安積プロデューサーに言えない。てか、なんで番組プロデューサーと二人きりなのよ私。
14時46分、塩見空港到着。やっとお昼が食べられると喜んだのもつかの間、すぐさまレンタカーに乗せられて違う場所に行くことになった。
「いつになったらお昼が食べられるんですか」
「じきにわかる」
到着したのは塩見市内にある和食レストラン。塩見県内を中心に十数店舗を展開しているチェーン店らしい。お座敷席に案内され、やっとお昼にありつけた。天丼にした。で、遅めのお昼を食べながら安積プロデューサーに質問をした。
「プレゼントって何ですか」
「それは教えられないよ」
「教えてくださいよ〜〜」
「旅費とか食品とかはみんな番組の予算から出してる。それもあなたへのプレゼントと言えるかもしれない。けれど本当のプレゼントについて教えるのは、まだできない」
外に目をやると、雨が降ってきた。久々に遠くまでやってきた高揚感と、どこに連れて行かれるか分からない不安感が入り混じる、複雑な感情になった。
食事を済ませ、レンタカーで塩見駅まで向かった。しかし、塩見駅でレンタカーを降りてくれと言われた。このあとはどうすればいいのかと聞いたら、「塩見電鉄という電車に乗って、終点の駅まで向かってくれ。後で合流する」とのことだった。そして小さいカメラを渡されて、「これで電車に乗っている様子を撮影してくれ。塩見電鉄に撮影許可は取ってある」と言われた。相変わらずわけがわからないが、早速塩見電鉄ののりばへと向かった。
やってきたのは爽やかな水色の電車。塗り直されたばかりなのか鮮やかな色をしているが、丸いライトがちょっぴりレトロな印象だ。車内に入ると、濃いクリーム色の壁とワインレッドの座席、そして暗い緑色の床という、やはりレトロな印象のある内装だった。撮影をしていると、おばあちゃんから話しかけられた。
「あなたどこから来たの??」
「津喜です」
「あらずいぶん遠いところから来たのね。これ何かの撮影??」
「はい。上司にいきなり塩見まで連れて行かれて、よく分からない状態でカメラを持たされて、この電車で終点まで行ってくださいと言われたんです。それにしても、レトロでおしゃれな電車ですね」
「私はずーっと塩見で生きてきたから、この電車にはずいぶんお世話になってるのよね。昔は石坂温泉の駅からトロッコが山奥に向かって伸びていて、そっちにも乗ったなぁ」
「トロッコが走ってたんですね」
「自然豊かでいいところよ。楽しんできてね」
塩見の北にある標高3223mの名峰、高品山から流れてくる川沿いを、小さな電車がコトコト走っていく。のんびりとしていていいなぁと笹川はつぶやいた。しかし、そんな時間も波乱の時間へと変化していく。安積からメールが届いた。
「ごめん。石坂温泉の宿の予約取り忘れた!!」
石坂温泉は富原地方の中でも有数の人気観光地だ。しかし旅館やホテルの数は他の人気観光地に比べて少ないと言われており、予約を取るのが大変。石坂温泉駅に到着した笹川は手当たり次第空いている宿を探すも、どこも満室だった。川の上流に行けば空いている宿があるんじゃないかととあるホテルで言われたが、上流へ向かうバスは本数が少なく、安積が到着するであろう時間には最終バスが行ってしまう可能性があった。かといってタクシーを使うにも、あまりお金を持っていなかったので躊躇してしまった。とりあえず石坂温泉駅で安積の到着を待つことにした。
18時ちょうど。電車から安積が降りてきた。
「お待たせ。レンタカー返して来た」
「なんでレンタカー返しちゃったんですか??このあたりのホテルはみんな満室で、レンタカーがあれば上流のホテルとかにも行けたのに」
「できるだけ電車を使いたいからだよ」
「車の方が便利じゃないですか。それに最終の路線バス今行っちゃいましたよ。今夜どうするんですか??」
「優しそうな人に声をかけて家に泊めてもらおう」
「え??」
安積は、すかさず通行人のおばあちゃんに声をかけた。もちろん断られたが、諦めずに声をかけ続けること30分。少し下流の田井駅近くに住んでいるというおじいちゃんが家に泊めてくれることになった。
「ありがとうございます」
黒い軽自動車に乗せてもらい、家へと向かった。ずいぶんと広いお屋敷だった。
シャワーを浴び、夜ご飯も用意してもらった。近くの川で釣れたという川魚、近くの牧場で育った豚肉を使った豚汁、そして、おじいちゃんの家で作ったというお米。この家は農家らしい。ただ、おじいちゃんも歳を取り、5人いた子どもはみんな町へと出て行ってしまった。広いお屋敷の中はかつては賑わっていたそうだが、今はおじいちゃんとおばあちゃんの二人暮らし。たまに親戚が庭の手入れをしてくれるらしいが、普段は寂しい状態になってしまっているという。
「来てくれて良かったよ。塩見ってのは風杜に出るにも永京に出るにも遠くて不便な場所だから、最近はどんどん人口が減っているんだよ。子どもも減ったね。この前(2024年3月)なんか外浜鉄道が廃線になっちゃったでしょ??あ、塩見の南の方を走っていた汽車ね。こっちはまだ観光客が多いからいいんだけど、南の方はあまり観光地がなくて、色々と厳しいみたいね」
「そうなんですね」
「君たちは津喜から来たというけど、津喜と比べてこっちはどうだ」
「自然豊かで良い場所だと思います」
「だろ??でもこのあたりの農家とか牧場とか、みんな跡継ぎがいないんだよ。海の方には火力発電所とか製油所があるんだけど、そっちも人手不足らしいね。給料はそれなりって話だけど、人がいないからやらなきゃいけない仕事の量が多いらしくて、それを嫌って辞めちゃう人も多いみたいね。そこを走っている塩見電鉄も、8月からしばらくの間本数を減らすんだってさ。運転手が足りないから」
「津喜の方でもバスの運転手不足などの問題が起きているのですが、それと似たようなことがはやりこちらでも起きているのですね」
「そうだね。でも昔は人が沢山いたんだよ。懐かしいね。ついつい思い出を語りたくなっちゃうところだけど、君たちにぜひ解いてもらいたい謎があるんだよ」
「謎……ですか??」
「今から50年くらい前だったかな。昔は石坂温泉の駅から山奥へ向かうトロッコがあったんだよ。確か3つくらい路線があったと思う。メインの路線は高品川の上流の徳谷(とくたに)っていう所に向かう路線だったんだけど、その途中で分岐する謎の線路があったんだ。その線路は周辺の林業を仕切っていた大富豪の家に続いているという噂話があった。その大富豪は塩見を風杜(富原で一番大きな都市)と同じくらいの大都市にしようとしていた。その計画を実現するために、大富豪の家の敷地内に「奥塩見御殿」という立派な建物を建てたらしいんだ。ただ、その話はあくまで噂話で、本当に奥塩見御殿が建てられたのかどうか、そしてそれが残っているのかどうかはわからない」
「建てるとしても、山奥のトロッコじゃないと行けない場所に建てるかどうかですよね」
「戦前の話らしいんだ。それで50年くらい前、まだトロッコが走っていた頃の話だ。学生だった私は、夏休みにトロッコの線路をたどっていって、分岐する線路の先へと向かおうとした。けれど、その年の6月の大雨で途中の線路が崩れてしまって、それ以上たどることができなかった。だから……」
「その先を調べて欲しいと」
「そうだ」
おじいちゃんから得た、奥塩見御殿の話。ネットで調べたら確かに似たような話が出てきた。そして、そのありかを探そうとした人が何人かいたようだが、かれこれ50年以上前の話である。そこへ続くとされる道は、相次ぐ自然災害によって破壊され、未だ誰もたどり着けていないという。
「安積プロデューサー、塩見から帰るのはいつなんですか??」
「明日の18時に塩見空港を出る飛行機に乗る。探すとしたらそれまでだな」
「探してみます??」
「楽しそうじゃん」
こうして、明日の目的地が決まった。
翌日。おじいちゃんにお礼を言った後、二人は早速トロッコの廃線跡へと向かった。石坂温泉駅から伸びていたトロッコの正式名称は「高品森林鉄道」だったようだ。検索したら路線図も出てきた。確かに、高品川沿いを上っていく路線がメインの路線で、その途中から2つの路線が分岐していた。しかし、メインの路線からさらに分岐する「謎の路線」についての情報はなかった。ただ、昔の地図を検索してよくよく線路沿いを眺めていると、終点の徳谷駅近くに、少しだけ分岐している線路があった。どこかに繋がっているわけではなく、すぐに途切れていた謎の線路。ここにヒントがあるのではないかと思い、電車とバスを乗り継いで徳谷へと向かった。
トロッコの廃線跡は、その一部が道路に転用されていたり、遊歩道となっている。徳谷バス停の近くの遊歩道を、謎の分岐があった地点まで歩く。
「50年も前の話ですよね??見つかると思えないですよ」
カメラを回す安積に、笹川が呟く。
「ドローンがあればなあ」
安積が呟く。
仮に分岐があったとしても、50年前の時点で線路の途中が崩れてしまっている。そこから先に行くすべはあるのだろうか。そして、見つかっても森の中を探す羽目になりそうだ。着替えの服は用意していない。服が汚れたら、昨日来ていた服をまた着る羽目になる。靴は換えがないし、普通のスニーカーだから、泥まみれになったらどうしようと心配になる。
「あった」
笹川が遊歩道から分岐する不自然な空間を見つけた。しかし、手前部分は物置があるからか草が刈られていたが、奥は茂みになってしまっており、とても先には進めない。重装備で挑んだとしても、危険な道のりになることは間違いないだろう。
「徳谷のバス停近くに集落がありましたよね。そこへ行って聞き込み調査をしてみましょうよ」
というわけで、二人は徳谷の集落で聞き込み調査を行うことになった。そこで笹川は、ある人との再会を果たすことになる。
「あの……昨日塩見電鉄に乗られていた方ですか??」
塩見電鉄に乗り込んだとき、笹川に話しかけてきたおばあちゃんだ。
「あら、またお会いしましたね。こっちの方まで来たんだ。自然豊かで、高品山もよく見えて良い場所でしょ??ここ」
「お伺いしたいことがあるんです。この近くにあるという噂の、『奥塩見御殿』について」
「あぁ~~ずいぶん懐かしい場所ね。私は行ったことないんだけど、同級生が行ったことあるらしいのよ。ずいぶん山奥にあって、そこに続くトロッコの線路が崩れちゃってたから、むりやりそこを迂回して行ったんだってさ」
「どんな場所だったんですか」
「立派な建物だったらしいね。中には高級なソファーとかいろいろあったんだって。今はさすがに朽ちているだろうな。だってもう何十年も前の話よ」
「それ以上のことは知っていますか??」
「1938年に作られたんだけど、第二次世界大戦を経て1948年には放棄されてしまったみたい。同級生の親戚の子は、塩見空襲があったときにそこに疎開したらしいんだよね。ということは、その時にはまだトロッコの線路が崩れていなかったってことなのかしら」
「行ったことのある同級生にお会いすることはできますか??」
「3年前に亡くなっちゃたのよ」
「それは残念です……」
「奥塩見御殿に関する資料とかってありますか??」
「徳谷町立の図書館に、何か秘密があるかもしれないね」
さっそく図書館に行って、資料を探すことにした。ヒントはトロッコにあると考え、トロッコにまつわる資料を読みあさった。すると、気になる文章を見つけることができた。
「1938年、徳谷駅近くから分岐し、山奥の林業施設へ向かう支線が建設された」
どうもこの支線が奥塩見御殿へ向かう支線だったのではないかと推測できた。そして、その地図を入手した。現代の航空写真とその地図を見比べて見ると、建物の屋根らしきものが、ある地点に見えるような気がした。
「安積プロデューサー、ここ見てみてくださいよ。建物があるように見えません??」
「確かにな。でもここに続く道はなさそうだし、森の中を探検する羽目になる。今日探すのは無理だな」
飛行機に乗り遅れてはまずいので、近くのそば屋でそばをいただいたあと、塩見市街へ戻ることにした。ただ、希望を捨ててはいなかった。塩見市街でドローンを操縦できる人を探し、その人に後日調査してもらおうと考えたのだ。
塩見市街にあるドローン教室。ここの先生に連絡を取って、会いに行った。
「というわけで、奥塩見御殿についてドローンで調査して欲しいんです」
「不可能では無いと思う。ただ、ドローンの電波が届くかどうかだな。電波が届かなくなればさすがにまずい。あと、そのあたりの地主にも許可を取る必要があるだろう。そういえば、そっちの方に山を持っている友人がいるんだ。その友人にこの場所の地主が誰か知っているか連絡してみようか」
「お願いします」
「あ、もしもし?? 徳谷に山持っているでしょ?? 今津喜から来た人が……」
「(山持っているとかすごいな)」
「え、その場所の山も持っているって?? じゃあ今度さ、そこに奥塩見御殿っていう廃墟かなんかがあるっていうから、ドローンで撮らせてよ」
「(凄い展開だな)」
こうして、ドローン教室の先生が奥塩見御殿をドローンで探してくれることが決まった。
5月16日のことだった。ドローンで奥塩見御殿を発見することが出来たという連絡があった。そこで、ドローンの先生とその友人と、4人で再び徳谷の山奥に来てくれないかという連絡があった。というわけで、5月20日(月)、2人は再び塩見へと向かった。
「先週ぶりですね」
空港で出迎えてくれた優しそうなおじさん二人と共に、車で再び徳谷へと向かう。天気は快晴。汚れてもいいように重装備をして、遊歩道近くにある山道の脇で車を降りて、山の所有者である中原さんの案内で山道を歩く。
「このあたりも昔は林業が盛んだったんですよ。今は私が持っていますから、この道を通る人は猟師ぐらいですかね。あ、たぶんこっちの方だな。ここからは道なき道を進むことになりますから、足下に十分気を付けてくださいね」
道なき道を進むこと15分ほど、森の中に、不自然な人工物が見えた。
「これは門のあと??」
「そうみたいですね。あとトロッコのレールがそのままになってる」
「うわ!!ほんとだ」
「おそらくここにホームがあったんでしょうね。そしてこの門を通って御殿へと向かったと」
門の跡地からしばらく進むと、朽ち果てた家があった。頑丈に作られたらしく建物自体は持ちこたえていたが、ガラスは割れ、ドアも一部がなくなっていた。
中に入ると、未だにソファーが残っていた。そして書斎があり、その書斎にはいくつもの本が並べられていた。
「そういえば、田井に住んでいるおじいちゃんが、昔塩見を大都市にしようと計画していたって話をしていました。それに関する資料とかもあるんですかね」
しばらく探すと、それを見つけることができた。幻の大都市「塩見」に関する詳細な計画図だ。現在の塩見市内を一周する電車、町の中心に建つ大きな百貨店。その計画図は画家に描かせたもののようで、綺麗な絵でわかりやすくまとめられていた。町外れには空港があったが、それは今の塩見空港がある位置とはことなり、町の南東にある高台に計画されていたようだ。
「これ、大発見ですよ。町立図書館に連絡してみましょ」
この様子はすべて映像に記録され、津喜テレビ及び塩見テレビにて放送された。町にとってはかなりの大発見だったようだ。このことを田井に住んでいるおじいちゃんに連絡したら、とても喜んでいた。
「もしかして、この大発見が私に対するプレゼントだったんですか??」
「違うよ。思い描いていたのとは違うストーリーになったけど、でも良い経験になったでしょ??」
「はい!!」
笹川は、安積プロデューサーに対し、次は最初から目的地を教えてくれと強めにお願いした。そしたら、安積プロデューサーは、笹川の事務担当から番組制作の部署への異動が正式に決まったことと、次の目的地が再び富原地方であることを彼女に教えた。
「笹川、次は海に行くぞ!!」
「また富原地方ですか?? 富原地方のどこ何ですか??」
「それは未定だ。でも富原地方に行くことだけは決めている」
「ちゃんと決めて下さいよ~~」
「ある人に依頼されて、あることを調べたいんだ」
「ある人って??」
「それは秘密にしてくれとのことだった」
「それで、海に行って何をするんです??」
「小さな観光バスで海沿いの町を巡る。その道中であるものを集めたいんだ」
安積は、笹川にある資料を手渡した。それは1970年代に走っていたとされる、一見普通の汽車の写真だった。