永神高速線

概要

 永神高速線(えいしんこうそくせん)は、永京都の永京駅(ながきょうえき)と、神場府の神場駅を結ぶ高速鉄道路線です。1950年代に計画され、1970年から1985年にかけて開業しました。

 空想世界における首都である永京と、大阪(関西圏)と同じ人口・経済力を持つ神場を結ぶことから、非常に多くの人々が利用しています。特に1985年の全線開業以降は、逼迫する輸送力を増強するために様々な取り組みが行われました。

運行形態

 速達タイプが毎時12本、各駅停車タイプが毎時2本運行されています。いずれも16両編成です。

 速達タイプは永京を出ると、津喜、八田山、奉旗、知元、神場に停車します。

 速達タイプのうち毎時2本は西豊高速線に直通します。

 各駅停車タイプの一部は8両編成を2本連結した状態で運行されており、一部の列車は奉旗駅で編成を分割し、うち8両が西豊高速線に乗り入れます。

沿線概況

永京駅-八田山駅

 永京駅-津喜駅間は1982年、津喜駅-八田山駅間は1970年に開通しました。

 起点の永京駅は、地下に2面4線のホームがあります。ホームは「永神1番線~永神4番線」というように番号が振られており、日中もひっきりなしに列車が発着していきます。

 駅を出ると、NR永京環状線中島駅(なかしまえき)付近まで地下を走行します。中島駅付近で地上に出て、沿岸部の高架線を時速130km/hで走ります。津喜駅までの区間は、騒音対策のため最高速度が130km/hに抑えられているほか、沿岸部で風の影響を受けやすく、更に低い速度に規制されることもあります。

 風の影響を特に受けるのは、結急ベイコネクト線と併走する区間です。ベイコネクト線登出駅(のぼりでえき)から新習志野駅(しんならしのえき)付近までは、「三番瀬」と呼ばれるエリアを走行します。この区間は環境保全のため埋め立てが最小限にされたこともあり、海の上を走る区間が長いのが特徴です。


 風の影響を抑えるため、隣を走るベイコネクト線と併せて2002年から2006年にかけて防風柵が設置されました。柵を設置してからは、強風による運休や速度規制の頻度が減り、より安定的な列車の運行を行うことが可能となっています。

 新習志野駅付近からは、NR永津線のそばを走ります。1980年代まで計画されていた「遠山原高速線」の分岐用設備の名残を見ながらカーブすると、今度はNR永津線に近いところを走って行きます。

 進行方向左手に津喜都市モノレールが見えてくると、津喜駅までもうすぐです。程なくしてモノレールの下を通って地下区間に入ると、2面4線の津喜駅(つきえき)に到着します。

 津喜駅は1980年までの始発駅で、すべての高速線列車が停車します。2面4線の構造をフルに活かした交互発着が行われており、列車が到着するともう片方のホームに停車していた列車が発車していきます。こうすることで可能な限り運行間隔を詰めているのです。

 在来線の駅から少し離れていますが、地下通路で接続されています。また、ホームの北側には百貨店の「ちきり津喜店」があり、賑わいが絶えません。

 津喜駅を出ると、程なくして地上に出て沿岸部の高架線を走ります。進行方向左手には結急アーバンループ線、右手には津喜の発展を支えた製鉄所が見えます。ここまで来ると130km/hの速度制限が無くなることから、最高速度の320km/h目指してフル加速します。

 津喜駅の次は仁江駅(じんええき)です。仁江駅までの間には「郷得丘陵」と呼ばれる起伏の激しい場所がありますが、これらをトンネルや高架線で克服。列車はグングン加速していき、300km/hで津喜県内を南へと進みます。

 長いトンネルを抜けると、程なくして仁江駅に到着します。2面2線の相対式ホームで、列車が高速で通過することから、開業時よりホームドアが設置されています。

 仁江は対岸の仙豊県とを結ぶ海運で栄えた街であり、明治から大正期にかけて建設された建物が多く残っています。また、2017年までは国内線用の空港「仁江空港」もあり、高速線を空港アクセスのために利用する人も多かったようです。

 仁江駅を出ると大きく左にカーブし、地下へと入っていきます。今までのトンネルは山を潜るためのトンネルでしたが、今度は仁江と対岸の岸宮の間にある「仁岸海峡」を潜るための海底トンネルとなります。

 仙縦本船の岸宮駅付近で地上に出ると、いよいよ仙豊県に入ります。仙豊県内で最初の駅は、見旗駅(みはたえき)。見旗は県内で三番目に人口の多い市であり、1950年代以降に重工業で栄えた街です。

 見旗駅は待避線を有する2面4線の駅であり、中央の2線は通過線となっています。政令指定都市の中心駅ではあるのですが、停車する高速線列車は毎時2本であり、「もっと増やして欲しい」という意見も多いようです。

 見旗駅を出ると、内陸の丘陵地帯を直線的なルートで駆け抜けていきます。左手に標高の高い山々、右手には水田・住宅地とその奥にある工業地帯・海が見え、旅情を誘います。


 関戸駅(せきどえき)は県内で二番目に人口の多い関戸市の中心駅。見旗駅と同じく通過線を有していますが、この駅の場合外側に通過線があり、内側に1面2線のホームがあります。この駅も見旗駅と同じく停車列車が毎時2本しかなく、度々「仙豊県内冷遇」という批判コメントがネット上に書き込まれているようです。

 進行方向左手に「関戸城」を見ながら緩やかなカーブを曲がると、いよいよ八田山に近づいていきます。あっという間に流れていく車窓を眺めると、時折NR仙縦本線や結急関八本線の電車を見ることができます。首都圏に住む人は、この付近で首都圏では見られないデザインの車両(結急のSR1系など)を見て「遠くに来た」と感じるのだとか。もっとも、車窓なんて見ないでネット見たり仕事したりしている人の方が多そうですが。


 それはさておき、八田山の都心部に近づくとマンションやビルが増えていきます。NR八田山環状線の小森駅(こもりえき)付近からは、八田山都心の中心部を八田山環状線と併走しながら進みます。

 八田山駅(はちたやまえき)は、名古屋と同じぐらいの人口・経済力のある八田山市の中心駅です。ホームは2面4線で、すべての高速線列車が停車します。永神高速線の途中駅でもっとも利用客数が多く、速達列車は永京、神場とこの八田山を結ぶことを目的に設定されています。

八田山駅-奉旗駅

 八田山駅から次の舛淡駅(ますたんえき)までの間は、1983年に開業した区間です。他の区間が概ね1970年代に開業した一方、この区間の開業が遅くなったのは途中にある「仙先海底トンネル」の建設が難航したからです。

 仙豊県の椎名(しいな)と先島県の舛淡を結ぶ海底トンネルは、1978年に開業した在来線トンネル(仙先縦貫トンネル)と高速線トンネル、そして2022年10月に開通した永津自動車道のトンネルの3本があります。

 いずれも津喜県と仙豊県の県境にある「仁岸海峡」の海底トンネルよりも距離が長く、その分建設難易度と建設費、時間がかかってしまいます。

 長い海底トンネルを通り過ぎると、舛淡駅に到着します。この駅は2面4線の「関戸駅」と同じ構造の駅です。停車する列車は毎時2本。県庁所在地である中浜市内にあり、市の中心部へはNR先島本線の電車でアクセスすることができます。


 舛淡駅を出ると、先島県内を通り過ぎて次は奉旗駅(ほうはたえき)となります。奉旗駅の手前には先島県と鳥豊地方を繋ぐ海底トンネルがありますが、こちらは仙先海峡より早く1978年に開業しています。

 奉旗駅(ほうはたえき)は2面4線の「見旗駅」と同じ構造の駅。ここからいよいよ鳥豊地方に入ります。奉旗駅は人口97万人の県庁所在地奉旗市の中心駅で、NR先島本線、鳥豊本線、西豊本線のほか、私鉄である結急勝亀本線、奉鴨本線と奉旗都市モノレールに乗り換えられます。

奉旗駅-神場駅

 奉旗駅から神場駅までの区間は、1977年に開通しました。

 奉旗駅を出ると、険しい山脈を貫いて鳥豊地方の東海岸へと向かいます。同じく奉旗駅から神場へと向かう鳥豊本線は、山脈を回避するため北の船積駅経由で大きく迂回していますが、高速線は直線的に東海岸へ向かうルートになっています。

 中西駅(なかにしえき)からは東海岸沿いを走って行きます。中西駅は各駅停車タイプの列車のみが停車します。NR鳥豊本線のほか、鳥豊地方北部を横断するNR小諸線、結急中西線にも乗り換えられます。


 中西駅を出ると、ほぼまっすぐのルートで次の戸須駅(とすえき)へ向かいます。戸須駅も中西駅同様に各駅停車タイプのみ停車する駅で、NR鳥豊本線、深谷線と結急戸須線に乗り換えられます。


 戸須駅の次は、知元駅(ちもとえき)です。知元は知元県の県庁所在地であるほか、江戸時代前期頃まで鳥豊地方最大の都市でもありました。その名残で人口が多く、古くから残っている独自の文化も多くあります。

 知元駅は2面4線構造で、すべての列車が停車します。

 知元駅を出ると、山を貫いて神場都心へ向かって南下します。終点の神場駅(かみばえき)は、3面6線構造の大きな駅です。「永神高速線」としては終点となりますが、線路はこの先の「富原高速線」へと続いています。


車両

1970年 初代車両

1985年 2代目車両

1991年 2階建て車両「NS10系」

1997年 NS20系16両編成

2011年 NS50系16両編成(最高速度320km/h)


※当ページの内容はフィクションです※

当ページ最終更新日 2023年07月22日

当ページ公開開始日 2019年02月16日